30. 夫婦の絆
2015.06.08
先日、ある製薬会社の営業マンの方が、この1月に転勤になったと挨拶に来て下さいました。
後任者への引き継ぎを兼ねてではあっても転勤前後の忙しい中を貴重な時間を割いて私どものようなちっぽけなクリニックまで挨拶に来て下さったことを嬉しく思いました。
仕事のことでしばし談笑した後、40歳前後と思われるその方に質問してみました。
「ご家族は、任地へご一緒に行かれるのですか」と。
彼は、寂しい顔をしながら
「赴任地へは、単身で行く予定です。
妻と別れて過ごすのは仕方ないにしても
子供と別れて過ごすのは寂しく辛いです」
との返事。
家族共々転居できれば、幸せなことなのでしょうが、子供が小学校に上がった後は子供の環境が優先されて父親が思うようにはいかないのが現実のようです。
お父さんの立場からすれば、日々成長する子供たちの姿を毎日確認できないのはなんとも寂しい限りです。
しかし、数ヶ月もすると日常の些事(さじ)に紛れることで家族の欠落感は薄らいできます。
単身赴任した彼が仕事上で「日常の些事に紛れる」ということが実は、“寂しい寂しい症候群”から抜け出す一番の処方箋ではないかと思います。
紛れるとは、時間を奪われることと言ってもいいと思います。
また生活上で「日常の些事に交わる」ことで妻の存在意義が、再認識できる貴重な処方箋になるのではないでしょうか。
交わるとは、物事に接することと言ってもいいと思います。
日常の診療の中でご夫婦で来院される患者さんが、多数おられます。
世の中には、いろいろな理由で離別した夫婦が多い中で何十組もペアで患者さんを診ていると気付かされることが多々あります。
その多くのご夫婦は、中高年者の方々ですが、長年連れ添って共通の体験を積み重ねることで人格的に結合し、感情的にも融合して固い絆で結ばれているということを。
そして何十年も同じ家に住んで同じ食事を摂っていると思考回路も似て来る物腰や喋り方、顔付きさえもそっくりになって来るということを。
夫婦とは、まったく他人でありながら長年、「共通の体験」をして、「伴にいたわり」ながら暮らすことによってこんなにも人と人の人格を結合し感情を融合するものなのかと不思議に思います。
時間に比例した相手への共感が、すなわち固い絆の礎になるのでしょう。
単身赴任する予定の製薬会社の営業マンに最後に申し添えました。
「奥さんとも共通の体験をたくさん積み重ねて下さいね。
同じことを喜び、同じことを感動することで、あと10年もすれば
夫婦の絆はますます強くなっていると思いますよ」と。
強い絆で結ばれている仲のいいご夫婦を診察室で診ていると心から羨ましいなあ、と思いつつ・・・。
2009.1.25