32.必要な沈思黙考・・・危惧が杞憂に終るために
脳の疾患の治療と予防が、当院の主な仕事として日々の診療に努めています。
脳の MRI 画像を撮る意義は、『過去~現在』に脳に起った“傷”がその証拠として捉えることにあります。
今、起った呂律困難や手足の運動障害、しびれ、あるいはめまいが脳に原因があるか否かが、即時に判別できます。
そして、画像の結果と症状を合せて『治療の妥当性』を検討します。
治療の妥当性とは、治療が当てはまるかどうか、ということ。
さらに言うと、余計な治療をする必要はないという意味合いがあります。
脳の傷を捉える MRI 画像でも全ての症状が、画像に反映されるわけではありません。
例えばうつ病やてんかんなどの機能的疾患は、MRI 画像の傷として捕まえることはできません。
神経伝達物質の異常や神経細胞の異常発火は、画像上の異常所見は出ないのです。
しかし、脳腫瘍や脳血管障害(脳梗塞、脳内出血、クモ膜下出血)、あるいは外傷による脳挫傷が背景にあり、それが原因でうつ状態やてんかん症状が引き起こされている場合もあります。
そのような基礎疾患が、隠れていないかを除外することにも MRI の意義があるのです。
では、脳の血管を調べる MRA 画像はどんな意義があるのでしょうか?
脳の血管を調べることによって『未来』に脳に起る“傷”の可能性を予想することにあります。
そして、画像の結果と年齢を合せて『予防の必要性』を検討します。
予防の必要性とは、予防がなくてはならないかどうか、ということ。
さらに言うと、無用の心配を増幅させないようにという意味合いがあります。
脳の血管が、動脈硬化で細くなっている場合その程度と部位によって将来起こり得る出来事を予想します。
脳の血管が、動脈瘤で膨れている場合にはこれもその大きさと部位、そして形などから治療と予防の妥当性と必要性を判断します。
したがって
脳の MRI 画像は、『過去~現在』・・・脳に起った疾患の痕跡を捉え
脳の MRA 画像は、『未来』・・・脳に起る疾患の可能性を予想する。
この二つの画像によって『治療と予防』を可能にしていると言えるでしょう。
治療と予防の妥当性と必要性を考える時に必要な視点は脳も年齢相応に老けていくという事実です。
いくらアンチエイジングと言っても脳は、加齢現象による変化を避けることができません。
年齢が重なる加齢の要素を考慮しながら治療と予防に思いを巡らすことになります。
画像を見ることで将来起こり得る可能性を全て予想できるわけでは、けっしてありません。
ほとんどの場合は、危惧される出来事が、取り越し苦労になって杞憂に終れば一番幸いと思います。
ところで・・・
最近、小中学校時代からの旧友、数人が、週替わりで当院を受診しアタマの写真を撮る機会がありました。
同級生ですから皆同い年です。御歳○○才。みなさんお互いにいい歳になったものです。
旧知の間柄の友人ですので会話は、全て昔のまま、率直でザックバラン。
同じ年齢を重ねた友人の脳が、一体どんな脳になっているのでしょうか?
自分の事のように心配です。
脳が縮んでいないか、いつの間にか脳梗塞が起っていないかあるいは脳腫瘍や脳動脈瘤が隠れていないか・・・
友人の言動や履歴からさまざまなことが、想定され危惧されます。
フランクな会話、でも、大切な友人。
その友人の画像をじっくり見て言葉を選びながら一人一人懇切丁寧に説明しました。
曰く
「重要な所見がありました。
慌てず動揺しないように私の説明を聞いて下さい。
いいですか。
何を言われても冷静に聞いて下さいね。
友人だから率直にざっくばらんに言いますよ。
画像所見の結果は・・・
・・・(しばし画像を見つめて沈黙しつつ)・・・
異常所見が・・・
・・・(さらに友人の顔を見つつ沈思黙考が数秒)・・・
ア・ア・ア・・・
・・・(言葉が、言い澱む)・・・
アリ・・・
・・・(ここで一旦区切って)・・・
マセ~ンでしたあ~」
危惧が杞憂に終るためには、画像の凝視、患者さんの黙視その後、数十秒の沈思黙考がどうしても必要なのでした。
2009.2.15