49. 蝉時雨(せみしぐれ)の晩夏|横浜市青葉区の脳神経外科「横浜青葉脳神経外科クリニック」

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49. 蝉時雨(せみしぐれ)の晩夏

2015.06.09

8月15日、お盆・・・
64回目となる終戦記念日でもあるこの日は戦没者を追悼する式典が、開催されました。

多くの方は、式典には参列しなくても、心ならずも戦争の犠牲になられた人たちへ黙祷を捧げ、哀悼の意を表されたことでしょう。

8月15日は、先祖が帰って来るお盆でもある。
親族の霊を慰める日であると同時に戦争で亡くなった英霊を鎮魂し、深く追悼する日でもある。

そんな一日は、私たちにとって、大切な「心の年中行事」です。
(私は、親族の霊と戦没者の霊に、心の中で手を合わせました)

さて・・・
人は、何故、どうして、いつになっても争うのでしょうか?
人類の歴史は、戦争の歴史だと言われます。
8月30日に行なわれる戦国争いの衆議院総選挙が間近い、8月15日の終戦記念日に「戦争」について考えを廻らしてみました。

戦争が、何故起るのか?
ある人の著書の中にこんな一文を見つけました。

 今から2100年ほど昔の中国、「史記」を著した司馬遷は
 数千年にわたる歴史を渉猟した結果
 「正義の戦争などいうものは、一度たりともなかった。
  あらゆる戦いは、すべて “自己の利得” によるものだった」という。

 ヨーロッパの一大文化圏であった古代ギリシャでは
 ヘロドトスが、「歴史」という著書の中で
 「ギリシャとペルシャ帝国が、紀元前492年に戦火を交えたペルシャ戦争に至る理由として
  ペルシャはギリシャに反感を抱く発端は、なんと “美女の略奪” だった」という。

そんな一文を見つけた時戦争の原因とは、「自己の利得」といい、「美女の略奪」といい果てしない人間の「欲望」が根底である。

どんな時代でも、どんな地域でも、人間の争いの大元は「欲望を満たすために」「幸福を求めて」戦争をするという人間の根源を知りました。

世界中が、東西二つの陣営に別れて対峙していた時代は遊園地にある大きなシーソーに、重い荷物を背負った人たちが両者の重さと座る位置を絶妙に調整して重さの平衡を取りながら、力のバランスを保っていたようなものでした。

それが、ある時、一方が急に重さを失ってある陣営は、空中に飛び上がって、それぞれがバラバラに飛散しある陣営も、地面に衝突して、自身の重さで次の身動きが取れない状態となりました。

敵が、いなくなったのに、今度は自身の重さに潰されてしまったり小異を言い立てて、身内に新しい敵を作っては、抗争する。

最大の対立相手が、いなくなったのに、なぜまた、新たな混乱が起きるのか?
それは、争いとは、対立とは、磁石のようなものだから・・・

磁石のN極とS極は、引き合いますが、同じ極同士は、反発します。
一つの磁石の中にも、いくつものN極とS極があり磁石が、細かく粉砕されても、粉砕されたその断片には、また新たなN極とS極の磁石ができる。

世界の中に無数にあった戦争は宗教や民族にため、主義や正義のためという大義名分を掲げながら紛争が収まるや、また同じ陣営の中に人間の欲望が渦巻いて新たな極ができていく。

人間は、互いに「融合し合う心」と「反発し合う心」が、いつも併存しているようです。
それで、人間は、自己の幸福を求めるがゆえに、他人と争い、不幸になる。
それが、人間の歴史だった、ということのようです。

ところで・・・
8月30日は、衆議院の総選挙。

いくつかの陣営が、我こそは、議員として相応しいとあたかも、生命が10日ほどで鳴き終える蝉の如く、各地は喧しい日々となりました。

そんな蝉時雨の中に、同じに聞こえる蝉の声は自己のみの利得に留まらず、民族も宗教も主義も主張も越えた「小異を捨てて大同につく」ことの大切さを訴える蝉となってほしい。

各陣営の長が、お互いの違いばかりを際立たせてお互いが、お互いを非難中傷する姿にはこの日本を任せられる懐の大きな蝉の親分とは、とても思えない。

異なるところを探し出せばどんなものも同じものは何一つなく、対立の種は尽きません。
だからこそ、その真逆に、お互いに共通点を探っていけば争いの、ひいては戦争の、解決への道筋に至ると思いたい。

対立に至った過去の経緯は、ひとまずおいて相互の現状を認知して、「対立」より「共生」の道を目指したい。

蝉が、例年以上にせわしく鳴くように感じられる8月はそんな季節にならないものでしょうか。
現実的に、困難なことが多くても21世紀が、人類最期の世紀にならないために、私たちの選択は、それしか道がないのだから。

さあ・・・
明日からお盆休みを終えて、仕事の人も多いことでしょう。

 “ミーン・ミン・ミー”
 “ジーイ・ジイ・ジー”

聞き分ける「耳力」を持ちながら蝉時雨の晩夏を過ごしたいものですね。

村上春樹氏は・・・
数百万部の大ベストセラーの著書の中で主人公が抱く、現実世界の1984年と微妙に異なる、自らの歪んだ感覚世界を「1Q84年」と名付けました。

日本の真夏の終わり頃が私たちが抱く、現実世界の2009年と全く異なる、地に足が付いていない空想世界を「200Q年」と名付けられないように・・・。

2009.8.16

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