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コラム

68. 深遠な美人画を描く女流画家

2015.06.10

澄み切った空に、秋風が漂い、木の葉も色づき始めた頃東京国立近代美術館では、美人画の巨匠「上村松園展」が開催されました。

記念切手の絵柄や教科書にも掲載されている「序の舞 」や光源氏の恋人六条御息所から題材を得た「焔(ほのお)」など約100点が、展示されていました。

上村松園は、明治8年~昭和24年までの74年間に、明治・大正・昭和を通じて美人画を描き通し、女性として日本人で初めて、文化勲章を受賞した女流画家です。

女性である松園が、どんな想いで美人画を描き通したのでしょうか?
女性であるが故に、どんな感性で美人画を透徹できたのでしょうか?

上村松園展を観賞し、そして、出品作品一覧の画集を後日、ゆっくり観直しながら、その深遠さの背景を考えてみました。

松園は、自身の画流としてマニフェストと思える言葉を残しています。

 私は、大抵女性の絵ばかりを描いている。
 しかし、女性は、美しければそれで良いとの気持ちで描いた事は、一度もない。
 一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香り高い珠玉のような絵こそ
 私が、念願するところである。
 私は、真・善・美の極地に達した本格的な美人画を描きたい。(「青眉抄」より)

真善美の極地に達した美人画とは、いったいどのようなものなのか?
松園は、どのようにして、自らの芸術を創り上げ高めていったのか?

東京国立近代美術館で開催された上村松園展では、そのパンフレットに珠玉の決定版として二枚の絵が、大きく取り上げられています。
その一枚は、昭和11年作の「序の舞」、もう一枚は、大正7年作の「焔」です。

「序の舞」は、記念切手や絵葉書の題材になり教科書に掲載された有名な作品ですので、ご存知の方も多いことでしょう。
でも「焔」という作品を、即座に頭の中に思い浮かべられる人は、少ないと思います。
どのような絵か、想像できない方は、まず Google で検索してみて下さい。

「序の舞」という作品は、なんと言っても描線の妙美が、最高だと思います。
細かく折り畳んだ細長い着物の絶妙なヒダと、福よかな帯の稜線あるいはボリューム感ある日本髪を極めてシンプルに描かれた線画によって表現しています。

そして、この作品で描かれた色彩は、朱、緑青、群青、などの天然の岩絵の具です。
着物の生地は、落ち着いた朱色、その柄と帯は、翡翠のような緑青色と群青色。
絶妙なコントラストと淡い灰色で描かれた描線。

この作品を観ていると、高貴な生活を切り取った一断面の中にとても奥深い、そして清楚で、香り立つ内面性を感じさせてくれます。
安らかと穏やかさの中に、真に善い美しさが、漂ってきます。

これぞ、まさしく松園が、想い描く一点の卑しさも低俗さもない、清くて澄んだ、香り高い、艶やかな絵。
松園の代表作として知られているこの作品は、松園が、語るところの

 その絵を観ていると邪念の起こらない、またよこしまな心を持っている人でも
 その絵に感化されて邪念が、清められる・・・
 といった絵こそが、私の願ふところのものである。 (「青眉抄」より)

松園の作品は、どの作品にも当てはまる言葉で、一貫して真・善・美が貫かれていますがその思想の具現が、まさしくこの作品に凝縮されているのでしょう。
松園が、61歳の作品で、後に国の重要文化財として指定されました。

ここで深遠さの背景として、注目すべきことは・・・
松園が、早くに父を亡くし、女手一つで葉茶屋を営む母の傍で育ったことそして、27歳の時にシングルマザーになったことだと思います。

生涯を通して、素晴らしい作品を創出した画家としての業績は、申し分ない。
その生育過程において、京都という因習の強い土地柄にあって茶屋業を営む母に育てられながら、どういう理由があったにしてもシングルマザーの道を歩んだ。

他人から見れば苦難な人生を選び、そして恐らく世間からは、非難を浴びながらも松園の芯の強さが、中傷を跳ね飛ばす作品の凄さを生み出す力となったのでしょう。

しかしながら、注目される作品を次々と発表する過程で画家としてスランプに陥った松園は43歳(大正7年)の時、「焔」という作品を製作しました。

この作品では、今まで描いてきた楚々とした作風とはまったく異なりプレイボーイの光源氏の正妻、葵上に、源氏の愛人、六条御息所の生き霊が取り憑き苦しむ姿を、王朝物語の気品を失わないように画いています。

焔とは、恋慕、怨恨、憤怒、嫉妬の情で、心のいらだちを火の燃え立つ炎に例えた言葉。

 (あ~、恐ろしい、女の情念は、怖いよ~
  焔を燃やされないように、アタシも気~付けよ~っと・・・)
 ( )は、一般男性の心の内を、著者が、つぶやきとして代弁したもの。

「焔」を描いた頃、松園は、次のように語っています。

 私の若い頃の女の絵の修行には、随分辛い事がたくさんありました。
 世間の目も同僚の仕打ちも、思わず涙の出ることが何度となくありました。
 そんな時は、ただ今に思い知らせてやると、歯噛みして勉強勉強と
 自分で自分に鞭打つより外に道はありませぬでした。(「青眉抄その後」より)

女性である松園が、どんな想いで美人画を描き通したのか・・・
女性であるが故に、どんな感性で美人画を透徹できたのか・・・

苦労して育ててくれた母への想いを受けた女性像の象徴としての美人画は真善美を基調とする精粋な松園が、愛人としても生き、嫉妬に燃えた一途な心の内を撹拌させてなまめかしい艶やかな「妖艶な表情」を、ぞっとするほどの艶やかな「凄艶な表現」として描かせたのでしょう。

それが、男性が描くエロチックな美人画とは、まったく異なる女性ならではの描出であり、透徹であったのだと思います。

最後に、松園の作品群の中で、私が最も好きな絵は「待月 Waiting for Moonrise」です。
今か今かと月の出を待つ若妻の姿は、やや仰向けのアンニュイ(退屈した)な左横顔が色っぽい。

ほのぼのとする絵は、「夕暮」と「晩秋」です。
「夕暮」は、太陽が落ちかけた夕暮れ時に、外の薄光に照らして針に糸を通す女性の姿「晩秋」は、秋の早い日暮れ時に、破れた障子の穴を塞ぐためにハサミで花柄に切り取った紙を貼る女性の姿いずれも、どの家庭にもかつてはあった、昭和の時代を思い出す作品です。

当院には『ほたるいか・アート ギャラリー(HOTARUIKA・Art Gallery)』と称して「緑雨」「待月」など絵画数点が、展覧してあります。
(「鼓の音」は平成22年11月から展覧の予定)

また『ほたるいか・ブック ライブラリー(HOTARUIKA・Book Library)』と称して絵画集、美術集などの書物が、閲覧できます。

おまけに『ほたるいか・アーティクル コレクション(HOTARUIKA・Article Collection)』と称して素人作品の陶器、木目込み人形などの小物が、笑覧できます。

ご来院の皆様ちっぽけなギャラリーと少数のライブラリー、そして貧粗なコレクションですが診察前のお待ち頂く時間に、どうぞごゆっくりとお楽しみ下さい。

2010.10.17